日本の敵速報

日本の敵に関する記事をまとめていきます

【ハンギョレ】[コラム]天皇が「ナヌムの家」を訪れたなら

 ムン・ヒサン国会議長の“天皇謝罪”発言の波紋が続いている。安倍晋三首相と河野太郎外相が連日のように激しい反応を示したのに続き、ミュンヘン韓日外相会談でこの問題が議論されたか否かを巡っても真実攻防が広がった。

 今年、統一地方選挙参議院選挙を控えて、支持層の結集を狙う安倍政権が“過剰対応”している側面は明確にある。2012年8月、李明博(イ・ミョンバク)大統領が天皇の謝罪を挙論した時も、日本国内の反発は激しかった。だが、民主党野田政権の直接対応は今のような強度ではなかった。同時に、日本政府の対応が微弱で日本マスコミが大きく扱わないという日本のネチズンの不満と怒りがインターネットにあふれていることもまた現実だ。最近の慰安婦合意、強制徴用判決などをめぐる相次ぐ葛藤の累積に、元々日本社会で「天皇」が敏感なイシューという事情が加重された格好だ。

 1945年の敗戦以後、米国の保護の下にA級戦犯処罰といわゆる“象徴天皇制”導入により、天皇が戦争責任を免れ、以来天皇の政治関与はダブー視された。天皇はいかなる政治的対立にも揺らぐことのない“国民統合”の象徴の役割を要求されているのみだ。「良くも悪くも、日本の政治・社会規範がある以上、天皇謝罪の要求はこれに対する無知や無視と受けとめられる」という指摘が専門家らの間に多いのはそのような理由からだ。特に現在の明仁天皇は、評価が交錯した父親の裕仁天皇とは違い、庶民的で謙虚な姿で“大衆天皇”時代を開き、国民の人気が高い。そうした天皇が4月30日に生前退位を控えた今、多くの日本人の感情はきわめて複雑だ。健康が優れないのに86歳まで全力を尽くしてきたことに対し、痛ましさと愛情、戦争のない「平成30年」が暮れるという感慨が相まっている。「そうした状況で『戦犯の息子』のように一刀のもとに切る表現は、右派でなくとも感情的反感が生じうる」と、ある日本の社会研究者は憂慮した。

 ムン議長の発言が、このような現実と感情まで深く考慮したものとは見られない。だが、謝罪と言って背を向ければ妄言を繰り返してきた日本の政界より、いっそのこと天皇が出よという韓国人の心情を日本は理解する必要がある。韓日関係は、最近のレーダー攻防とミュンヘン会談の真実攻防に見るように、基本的な事実関係さえ認識を共有できない不信の悪循環に陥った。ネチズン間の攻防ではあるが「国交断絶」のような単語も容易に吐きだす。突破口を開くためには“発想の転換”が必要だ。先日、共に民主党のソン・ヨンギル議員が、数百年間にわたり葛藤を繰り返してきたアイルランドを訪問したエリザベス英国女王について言及し、在位中であれ退位後であれ天皇訪韓を期待すると明らかにしたのもそのような意味だろう。専門家たちは「非現実的」と言うが、あえて2回目の首脳会談を開く朝米を持ち出すまでもなく、国家間の関係は時には専門家の予測を跳び越えてきた。

明仁天皇は1990年「痛惜の念」という表現を使ったことがある。韓国では不十分な謝罪だとして批判を受けたが、天皇の政治関与を禁止した日本憲法により「首相の謝罪で充分だ」という日本政府の立場にもかかわらず「過去の歴史についてきちんと心を伝えたい」という彼の意思により調整されて出た話だと分かった。2001年「百済武寧(ムリョン)王の子孫」言及、2005年サイパンの韓国人慰霊塔訪問、2017年埼玉県の高麗神社訪問など、持続的に韓国に対する関心も表明してきた。特に慰安婦は戦時下の女性人権の問題であり“政治的”可否を問い詰める問題ではない。昨年12月の在位最後の誕生日会見で、彼は16分にわたり平和と反戦のメッセージを伝え、何回も喉を詰まらせた。生存している慰安婦被害者はもう23人しか残っていない。「ナヌムの家」を訪れる天皇夫妻の姿を思い描いてみる。身動きの取れない韓日関係に“風穴”を開ける想像力が、今こそ必要な時ではないか。

キム・ヨンヒ論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/882756.html