日本の敵速報

日本の敵に関する記事をまとめていきます

【#朝鮮日報】【コラム】盧武鉉政権の名誉を回復した文在寅政権

 最近かつての盧武鉉ノ・ムヒョン)政権を再評価し懐かしむ声がよく聞こえてくる。「文在寅ムン・ジェイン)政権を経験すると、盧武鉉政権がこれまでとは違って見えてくる」といった声などはその最たるものだ。文在寅政権への失望が大きくなるに従い、その前身とも言える盧武鉉政権に対する評価が逆に上がるという非常に奇妙な現象だ。

 盧武鉉政権を見直す識者たちは盧元大統領について「国にとって絶対に必要なことは戦略的に考え決断した」と一様に評する。韓国と米国を経済共同体と見なした韓米自由貿易協定(FTA)がその代表的なケースだ。「反米だったらどうした」という言葉で誰からも記憶されるようになった盧元大統領としては意外な選択であり決断だった。「もし中国と日本が先に米国と市場が一つになったとき、韓国が置かれた立場を考えればぞっとする。盧武鉉、おまえはその時何をやっていたのか、と間違いなく言われるだろう」と盧元大統領が語ったことも印象的だ。

 その一方で文大統領が「10年後、20年後の大韓民国がどう生き残るか」について語った内容は思い起こせない。文大統領は「少ないながらも共に分け合う世の中、腹が減っても共に分け合う社会」を築きたいとよく口にする。その影響で大韓民国は今や「空腹には耐えられても、腹が痛いこと(他人への嫉妬)には耐えられない国」になりつつある。政権発足から2年で第5世代移動通信システム(5G)の競争力は共同1位から3位に下がり、かつて世界がうらやんだ原子力技術は崩壊寸前だ。政権から嫌われた企業は権力機関からのいじめの対象になった。公正取引委員長は「財閥に一泡吹かせる」「与党がなぜ企業の心配をするのか」などと平然と語る。このような国で企業が革新を果たし、経済が飛躍するなど到底あり得ないだろう。

 われわれが消費する原油の99.8%、穀物の100%が通過する済州島南方の海上ルートは文字通り国の生命線だ。盧元大統領はその海洋ルートを巡って中国や日本と対立する日が必ず来ると予想した。そのため済州島での海軍基地建設を最後まで押し通した。
 文在寅政権発足から2年の間に「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」「乙支フリーダムガーディアン」のいわゆる3大韓米合同軍事演習が全て中止となった。敵の挑発を事前に察知する前方における航空機の偵察、西海(黄海)5島での砲撃訓練も禁止された。北朝鮮の無謀な軍事行動を阻止してきた仕組みが毛抜きで抜かれるようになくなっていった。このようにわれわれ自ら武装解除しているのだから、北朝鮮がこれを嫌うはずがない。このような形でつくり上げられた一時的な緊張緩和を文在寅政権は「平和が来た」などと大歓迎している。

 盧元大統領は自らの支持者たちがFTAに反対すると「この国は進歩勢力だけの国ではない」と述べ、済州海軍基地に反対する声には「平和は武装することによって守られる」とはっきり反論した。盧元大統領は交通の大混乱が予想された李明博(イ・ミョンバク)ソウル市長(当時)による清渓川復元事業、あるいは自らが掲げる「地域均衡発展」に反する孫鶴圭(ソン・ハッキュ)京畿道知事(当時)による坡州LCD(液晶ディスプレー)工場建設なども快く受け入れた。国の発展にプラスになると考えたからだ。スタッフや側近たちは「野党の次のライバルを後押しする必要はない」などと反対したが、このようなけちな声に盧元大統領は全くぶれなかった。

 文在寅政権による積弊清算は、今の野党が政権を握った李明博朴槿恵(パク・クンヘ)政権を、歴史から完全に消し去ろうとしている。前政権の痕跡を一切残さないジェノサイド(人種抹殺)にも等しい。4大河川事業で建設されたせきを開放するだけで同じ効果が得られる場合でも、せきを解体するためデータまで歪曲(わいきょく)し、1000億ウォン(約100億円)近い予算を無駄遣いしようとしている。文在寅政権が「完全かつ検証可能、不可逆的な廃棄(CVID)」を行おうとするのは北朝鮮の核ではなく実は前政権だ。

 文大統領が大統領選挙を前に取りまとめた冊子「文在寅が答える」を読むと、1980年代に大学に入った新入生たち用の教材を改めて読んだ気分になる。盧元大統領も「精神年齢が386世代(1990年代に30代で1980年代に大学に通った1960年代生まれの世代)」と批判されたことがある。この批判は要するに「80年代に大学生だった時の考え方を(大人になっても)持ち続けている」ということだ。盧元大統領が韓米FTA、済州海軍基地などの決断を下したのは任期も後半に入ってからだ。この頃に盧元大統領は「1980年代に読んだ進歩陣営の書籍は現実的に使えない。問題が多い」と語っていたという。

 かつて盧元大統領の側近だったある人物は「彼(盧元大統領)が倒れたその場所から、彼が向かおうとした道を全て行かねばならない」と語る。その目的は盧元大統領の名誉を回復するためだ。文大統領があれほど嫌っていた政治の道に進むことを決意した理由もそこにあったはずだ。ところが文大統領は大統領に就任してから2年が過ぎても、盧元大統領がスタートしたその場所をうろついている。三・一節記念式典で文大統領が訴えた「親日残滓(ざんし)の清算」などはその典型だ。その結果、1980年代のイデオロギーに今もとらわれている文在寅政権が「盧元大統領の進化」を際立たせるようになった。本来なら前任者の業績を継承・発展させ、自ら「彼は正しかった」と言うべきだろうが、文大統領は前任者以下の姿を自ら示しながら、「あの時の方が良かった」と周囲から言われるようになった。盧元大統領の名誉はこのように逆の形で回復しつつあるのだ。

金昌均(キム・チャンギュン)論説主幹