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直接民主主義の誘惑と破壊力─韓国の「国民請願」システム導入から見えること

「国民の声」を聞くために、韓国の青瓦台が取り入れた「国民請願」システムが異常な事態を引き起こしている。しかし、国民の「激情」を政治利用しようとしているのは韓国だけではない。欧州議会選挙でもポピュリスト政党がその存在感を示した。世界は一体どこに向かうのか?朝日新聞政治部長薬師寺克行氏が解説する。

「激情型政治」に拍車をかける「国民請願」システム
韓国は国内政治の対立の激しさで知られる国だが、今度は大統領府(青瓦台)を舞台に与党や野党第1党の解党問題、さらには文在寅大統領に対する弾劾問題がヒートアップしている。
青瓦台がホームページに導入した「国民請願」というコーナーに、野党第1党の「自由韓国党」の解党を求める請願が掲載されると、1ヵ月で180万人を超える賛同が集まったのだ。これに対し野党勢力も与党の「共に民主」の解党を求める請願をやはり青瓦台のホームページに載せたところ、こちらもあっという間に20万人以上の支持を得た。
さらには「文在寅大統領の弾劾を請願します」という請願も加わり、こちらも20万人を超えてしまった。

野党の解党はともかく、大統領の弾劾や与党の解党の請願までもが青瓦台のホームページに載ってしまうこと自体、奇妙なことだが、こんなおかしなことが起きた原因はこの「国民請願」というシステムにある。
文在寅政権は国民との意思疎通を看板にしており、「国民が尋ねれば政府が答えるという哲学を志向する」として、文在寅大統領就任100日を記念して昨年8月にこのシステムをホームページに取り入れた。
そして国民が提起した「請願」はよほど問題がない限り青瓦台ホープページにアップされる。30日以内に20万人以上の国民の支持が集まれば、「政府か青瓦台の関係者(具体的には閣僚や青瓦台首席秘書官か特別補佐官ら)が答える」としている。

寄せられた請願は10ヵ月で約20万件にものぼった。「ベビーシッターによる児童虐待再発防止策」を求める請願など、生活に密着した真面目な内容もある。しかし、少なからぬ請願が国民の個人的な不満や怒り、憂さ晴らしのはけ口になっているようで、「大統領府や政府が回答すべきでない問題が多い」(青瓦台)状況だ。そして、当然のことながら、国内政治の激しい対立がここにも持ち込まれた。

政府が重視する選挙法改正などの法案の処理を巡って与野党が激しく対立し、国会の議場で小競り合いまで起きた直後の4月22日、野党第1党の解党を求める請願が届いたのだ。請願には「自由韓国党はすぐに政府の立法の足を引っ張り国民のための政策を妨害している」「自由韓国党の悪事を徹底的に調査し、政党解散の請求をしてください」と、与党支持者の不満がストレートにぶつけられていた。
この動きに対抗して野党支持者も与党「共に民主」の解党を求める請願をホームページに寄せた。
文在寅大統領に対する弾劾の請願は30日にアップされ、その理由は「北朝鮮の核開発を放置し、国民が潜在的な核の人質となっている。また、北朝鮮が非核化していないにもかかわらず軍の対応態勢を緩めるなど常識にはずれる行動をしている」としている。
ホームページ上の請願というネット空間を利用したシステムが「激情型政治」に拍車をかけていることは間違いないが、それにしても青瓦台という公の場で、与野党の政党の解党がまともに取り上げられていること自体、民主主義国家としては異常なことだ。

歴史に逆行した政党解党を求める動き
そもそも韓国は日本による長い植民地支配時代のあと、南北分断、さらには軍事独裁国家時代が続いた。民主化を実現したのは1987年であり、その原動力は大学生を中心とする市民の反政府運動だった。その過程で数多くの犠牲者を出している。政党不在の大統領独裁国家がいかに国民にとって悲惨なものであるかということは記憶に深く刻まれているはずである。
「国民請願」で起きている政党解党などを求める動きは、明らかにこうした歴史の記憶に逆行している。一時的な政治対立や混乱を受けて、気に入らないものは抹殺してしまえという感情的反応が巻き起こるのが「直接民主主義」の大きな欠陥である。
請願の結果を受けて青瓦台が政党の解党を打ち出すことはありえないと思う。もちろん自らの弾劾については対応のしようがないだろう。しかし、前任の朴槿恵政権を「不通政治」と批判し、広範な国民運動である「ろうそくデモ」で倒したと考える文在寅政権が、国民の激情を煽り政治に利用しようとする危うさを持っていることは間違いないようだ。

この問題は世界で起きている
問題なのは世界を見た時に、韓国の「激情政治」が決して例外的なものではないということだ。

トランプ大統領の登場や英国のEU離脱問題をめぐる混乱(ブレクジット)を機に、「民主主義は機能不全に陥っている」「民主主義は欠陥だらけだ」などという議論があちこちで聞かれるようになってきた。23日から始まった欧州議会選挙も各国でEU懐疑的なポピュリスト勢力の台頭が目立ち、この議論を活発化させそうだ。

戦後の主要国の政治空間で、自国中心主義や移民排斥論などのような無責任で過激な主張がこれほど跋扈(ばっこ)したことは例がない。しかも特定の国だけではなく各国に拡散・浸透し続けている。
民主主義には2つのスタイルがある。国民の声を直接政治に反映させる「直接民主主義」と、有権者が選挙などを通して選んだ代表者(議員)が政治を営む「間接民主主義」である。

現代国家において「直接民主主義」はそもそも物理的に実現が難しい。また、有権者は自己利益中心に判断したり、一時的なムードや感情、時には熱狂に支配されて判断する。その結果、国家の統治が混乱しまともな政策を創り出すことができないという欠陥を持っている。

こうした欠陥を補うために生み出されたのが「間接民主主義」である。選挙で選ばれた議員が、国民の要求にワンクッション置き、国家全体の状況を踏まえたうえで冷静に合理的に判断することが可能になる制度と位置付けられている。

今起きている民主主義システムの混迷は、こうした「間接民主主義」に対する疑問や不信の表れであろう。「間接民主主義」の担い手である議員たち、あるいはその議員らに選ばれ国家を運営する首相や閣僚らが、一般市民のことを知らないエリートであり、既得権を守ることしかしていない特権階級であるとして非難の対象になっている。

ネット空間の拡大がこうした潮流を勢いづけている。人々はパソコンやスマホを駆使して、様々な情報を得ることができるようになった。しかし、ネット情報の特徴は信頼性や質が問われない断片的情報の氾濫であり、「ポストトゥルース」や「フェイクニュース」という言葉が象徴するように、「ウソ」が堂々とまかり通っている世界である。

人々は論理的あるいは合理的な思考を阻害される一方で、自分の好みの情報だけに囲まれ感情的な極論に走ってしまう。「エコー・チェインバー」や「フィルターバブル」と呼ばれる現象だ。

こうして人々は「タコツボ」に押し込められてしまう。狭い空間で、仲間同志で同じ意見を交わし自己相対化ができない中でさらに先鋭化し他者を受け付けなくなっていく。同時に不平不満のエネルギーがたまっていく。

この状況に巧みに付け込んで選挙に勝利したのがトランプ大統領であり、逆に移民の増加や格差拡大に十分な対応ができない中で政権に不信任が突き付けられたのが「ブレクジット」だろう。そして、欧米諸国での民主主義に対する懐疑、あるいは否定の流れは収まるどころか勢いを増しているように見える。

幸い日本にはまだ、こうした潮流は本格的には押し寄せてはいないようだ。他国同様、異論を否定し、異なる意見に対し徹底的な批判を繰り返すタコツボ化したメディアが存在するが、支配的な勢力とはなっていない。

各種調査結果を見ると、日本の特徴は、新聞やNHKテレビという伝統メディアに対する信頼度が高く、一方でネットに対する信頼性が低いことだ(例えば日本新聞協会が行っている全国メディア接触・評価調査など)。

戦前、軍部の台頭によって政党が自発的に解党し、大政翼賛会ができ、そのまま戦争に突入していったという歴史の記憶も影響しているのかもしれない。あるいは移民が深刻な社会問題になっていないためかもしれない。しかし、世界的潮流の高まりの中、日本だけがいつまでも例外でいられるとは限らないことを忘れてはならないだろう。

Katsuyuki Yakushiji