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【#クーリエ・ジャポン】収拾がつかなくなった韓国との関係を冷静に考える

政府間だけではなく、マスコミも含めて大騒ぎとなっている日韓関係。なぜこんなにもこじれてしまったのか? 冷静になって1965年からその関係を振り返ると──。朝日新聞政治部長薬師寺克行氏が解説する。

冷静さを失った相互批判の応酬
このところの日韓両国の政府関係者やネット空間を含むマスコミが繰り広げる相互批判の応酬は異常である。相手国の言動を情緒的な激しい言葉であげつらい批判することが政治的には国民の支持率につながり、メディアは視聴率や販売部数の増加につながるという、冷静さを完全に失った状態に陥っている。

今回の日韓間の対立は、もともと昨年10月、韓国の最高裁判所にあたる大法院が出した元徴用工問題についての判決だった。ところが今や判決問題はどこかに飛んでしまい、輸出規制問題や安全保障問題と戦線が拡大したため、いったい何が問題なのかわからなくなってしまっている。

戦後、日韓両国は緊張と和解を何度も繰り返してきたが、今回の緊張・対立関係は、これまでのものとは構造が全く異なっている。80年代、90年代は、対立の中心は歴史認識問題であり、発火点は日本側であり、植民地支配という負い目のある日本側は世論も含め柔軟な対応をして日韓関係の維持発展に努めてきた。

ところが今回は発火点が韓国であり、問題も複数になり、かつ互いに一歩も引かない対応をしているため、政府間の対話もままならない状況に陥っている。

80、90年代の日韓外交
日韓関係は1965年に日韓基本条約が締結されて正常化した。以後、多少ぎくしゃくしながらも大きな問題は生じていなかったが、1982年と86年に2度にわたって「歴史教科書問題」が噴出した。中国と韓国政府が、一部の高校生向け歴史教科書の内容について、中国大陸への侵略や朝鮮半島の植民地支配を正当化し歴史を歪曲していると反発したのだ。

82年は、首相官邸や外務省、文部省が中心となって対応を協議し、教科書検定基準を見直して「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の取り扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮をする」という「近隣諸国条項」を盛り込むことで決着した。この時、ひそかに韓国を訪問し問題解決に動いたのはタカ派で知られた文教族議員の三塚博氏や森喜朗氏(元首相)だった。

86年は、当時首相だった中曽根康弘氏が一度、検定を合格した教科書の内容の一部を見直すよう指示することで決着した。その中曽根氏は85年8月15日に靖国神社を初めて公式参拝して中国や韓国から強い反発を受けたこともあって、翌年の参拝を断念している。

韓国大統領として全斗煥大統領(当時)が初来日したのは中曽根康弘政権期だったPhoto: Alexis DUCLOS / Gamma-Rapho / Getty Images
こうして振り返ると、当時の日本政府の対応は韓国の主張に対し腰を低く柔軟に対応していたことがわかる。それに対し国内世論も「弱腰だ」「譲歩するな」などという強硬論は強くなかった。それだけ国民に歴史問題や外交を冷静に考える余裕があったのだ。

また90年代には、宮澤喜一首相に始まり、細川護熙村山富市橋本龍太郎小渕恵三首相と、韓国をはじめアジア諸国との関係を重視するいわゆる「ハト派政権」が目立った。

これに対し自民党内のタカ派勢力が反発し、タカ派の閣僚が繰り返し記者会見などで植民地支配を正当化する発言をし、それが内外で問題になり外交問題に発展していった。多くの場合、大臣たちは自らの発言を撤回するか、辞任に追い込まれて、深刻な外交問題になる前に決着した。

また、元慰安婦問題で日本側の非を認め日本政府の出資金と民間の募金を原資に「アジア女性基金」を作り、首相の「心からおわびと反省の気持ち」をあらわす手紙とともに見舞金を元慰安婦に支給したのもこのころだった。当時の政権は、韓国をはじめとするアジア諸国との良好な関係維持を重視し、戦前の戦争の歴史を美化しようとするタカ派の論理を切り捨てていたのであった。

文政権の誕生で完全に覆されてしまった展望
自民党の代表的タカ派議員である安倍晋三氏が首相になると、こうした歴代政権が積み重ねてきた外交的資産を否定するのではないかと懸念されたが、安倍氏は予想に反して現実的な外交政策を展開した。「河野談話」や「村山談話」を否定することなく継承した。

そればかりか2015年末には日韓間のいわゆる「慰安婦合意」を実現し、新たに作られた「和解・癒やし財団」への10億円の拠出にも応じた。安倍首相の思い切った決断で、日韓関係は安定するかに見えた。

ところがこうした展望は文在寅政権の誕生で完全に覆されてしまった。「大法院判決」とそれに続く「財団」の解散は、日本政府から見れば1965年の国交正常化にさかのぼった日韓間の外交的資産の否定に他ならない。

当初、韓国政府は判決を受けて外交問題に発展させないための対応策を検討する方針を示した。ところが文在寅大統領が「これは民事事件だ」として、政府が関与することに否定的だったため、有効な対応策が打ち出せないまま時間が過ぎていったことが日韓対立を激化させてしまった。

今回の対立は80年代、90年代とは正反対で、問題を起こしたのが韓国であり、日本が初めて攻める側になった。何ら対策を示さない韓国政府に対し我慢できなくなった日本が示したのが韓国に対する輸出管理の強化という策だった。それに対し韓国は「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)の一方的な破棄という奇策を打ち出し、日韓政府双方によるハラスメントの応酬はエスカレートを続けている。

韓国からすれば、植民地支配の被害者は自分たちである。にもかかわらずなぜ大法院判決や財団の解散を理由に、歴史問題について日本から非難されなければならないのか。正義は自分たちにあり、間違っているのは日本だ。だから日本を正してやると考えている。

その代表が文在寅大統領である。朴正煕大統領ら過去の保守政権の作り上げた日韓基本条約をはじめとする外交的成果は、韓国の正義にもとるものであり容認できない。自分たちの論理で、それらをすべて清算し、正義を実現すると考えている。この論理は国際社会のルールを完全に無視する身勝手なものであり、日本人もとより世界も理解することはできない。

日韓基本条約は朴正煕大統領ら過去の保守政権が作り上げたPhoto: Hulton Archive / Getty Images
ところが日韓対立の局面は貿易問題から安全保障問題、さらには韓国での日本製品などの不買運動などと次々に拡散し、収拾がつかなくなってしまった。

それに合わせて韓国側は大統領はじめ李洛淵首相、康京和外相、青瓦台の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長らが連日のように日本批判を繰り返している。そして、韓国内で大法院判決や財団について論じられることはほとんどなくなってしまった。

一方の日本政府は発信を意図的に抑えているようにみえる。韓国側の発信にいちいち反応すると対立に拍車をかけるだけということがわかっているからだろう。安倍首相の数少ない発信は、「日韓請求権協定をはじめ国と国との関係の根本にかかわる約束をきちんと守ってほしい」と、大法院判決の問題点を指摘しているが、韓国ではいまさら何を言っているのかという受け止めとなっている。

残念ながら朴正煕大統領が実現した日韓国交正常化そのものを否定的に捉えている文在寅大統領に、安倍首相の言っていることの意味は通じないであろう。

来年春に予定されている韓国の総選挙を前に文在寅大統領が日本に譲歩や妥協をする可能性はほとんどない。そんな中、早ければ年内にも大法院判決を受けて差し押さえられた日本企業の資産の現金化が現実のものになりそうだ。日本企業に直接、被害が生じたとなると日本政府は指をくわえてみているわけにはいかなくなり、報復措置を取らざるを得なくなる。その結果、日韓対立はさらにエスカレートする。

日韓政府は今、直面する問題を率直に語り合い解決の道筋を探ろうという意思も意欲も失ったばかりか、相手を理解しようという共通言語も失っている。

Katsuyuki Yakushiji