日本の敵速報

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【#Wedge】文在寅政権は不正入試疑惑で揺らぐのか

「私は文在寅ムン・ジェイン)大統領を支持しているけれど、チョ・グク氏の法相任命には反対だ。でも私の周囲には政権支持で、任命にも賛成という人ばかり。もう嫌になってニュースも見ないようにしているよ」

 文大統領が側近であるチョ氏の法相任命を強行した今月9日、ソウルの大学で社会学を教えている旧知の韓国人大学教授に電話すると疲れた声が返ってきた。もともと進歩派の人だから付き合っている人には政権支持者が多いのだが、チョ氏の話題になると意見が合わなくて気まずい思いをするのだという。

 このひとことに韓国社会の現状は凝縮されている。私の知人のような人は少数派で、政権を支持する人たちはチョ氏任命を歓迎し、不支持の人は反発する。8月末から9月上旬にかけて何回も行われた世論調査では、政権を支持する人の9割が任命賛成、不支持の人の9割超が反対という結果が続いた。チョ氏の娘が大学や大学院に不正入学した疑惑に対して怒っている若者は多いけれど、その怒りを全国民が共有しているわけではない。

朴槿恵弾劾の引き金は…
 日本のメディアでは「韓国世論は入試不正にとても敏感で、朴槿恵前大統領の弾劾にもつながった」と言われることがある。「だから今回も、もしかすると」と続くことも多い。文政権が早く終わってほしいという願望を込めての言葉のようにも見える。だが現実は、前述した通りである。チョ氏の任命強行は、世論が反対一色ではないことを見切った上でのことだ。文政権下で深刻化している韓国社会の分断をさらに悪化させ、将来に禍根を残すだろうが、そのことは考慮されなかったようだ。

 しかも、朴氏弾劾についても実際には入試不正が引き金を引いたわけではない。もちろん入試不正に対する若者や父母世代の反発は強かった。ただ、朴氏の支持率急落を決定的なものにしたとは言えなかったのである。韓国人でも最近は「入試不正が大きな契機だった」などと言う人がいるようなので、その点をきちんと振り返っておこう。

 朴氏弾劾につながる疑惑の報道が始まったのは2016年7月末。当初は財団設立を巡る疑惑だったが、それほど大きなニュースではなかった。9月に入ってから、この疑惑と関連して親友の崔順実(チェ・スンシル)被告の名前が浮上する。9月28日には、国会で野党議員が崔被告の娘が名門・梨花女子大に不正入学したという疑惑を追及。若者や父母世代は怒ってデモなどを始めたが、政権支持率に与える影響はそれほど大きくなかった。

 韓国ギャラップ社の調査では、朴政権の支持率は4月ごろから30%程度になっていた。任期4年目半ばの大統領としては特に珍しくない水準だった。そして、入試不正が表面化した前後の支持率を見ると、9月23日31%、30日30%、10月7日29%と横ばいである。入試不正を含む疑惑報道が激しさを増したことで支持率は徐々に低落するが、それでも10月21日には25%で踏みとどまっていた。

空気を一変させた「文書流出」報道
 状況を一変させたのが、中央日報系のケーブルテレビ局「JTBC」が10月24日夜のニュースで大統領の演説草稿を崔被告に見せていたと報じたことだ。保守系紙・朝鮮日報が翌25日朝刊にJTBC報道を受けた社説を掲載し、「封建時代にもありえなかったことが起きているというのか」と嘆いた。時間的に考えれば、社説を急きょ差し替えたことになる。他社が夜のニュースで流した特ダネのために社説を差し替えるなどというのは、常識では考えられない対応だ。

 朴氏が25日に演説草稿を崔被告に見せていたことを認めると、朝鮮日報は26日付朝刊に再び社説を掲載した。タイトルは「恥ずかしい」という一言だけ。社説は「朴大統領はいまや国民を説得しうる最小限の道徳性を失い、権威は回復が難しいほどに崩れた」と断じ、「多くの人々がいま、大韓民国の国民であることが恥ずかしいと言っている」と締めくくった。

 そして支持率は急落した。この問題が動いている時期と調査期間が重なった韓国ギャラップ社の28日発表分は前週比8ポイント減の17%、1週間後の11月4日には5%という前代未聞の数字になった。後に100万人ともされる規模にふくらむこととなる、朴槿恵退陣を求める「ロウソク集会」は10月29日に始まった。このニュースが分水嶺となったことは明白だ。

 日本人には理解しづらい状況だった。流出を指摘されたのは、演説草稿や外国使節を迎える時の応答要領といった文書が中心で、南北秘密接触に関する文書と言われるものも「秘密接触を行った」と書かれていた程度。日本外務省の韓国担当者と話をしても「演説草稿を友人に見てもらって意見を聞くことが、それほど深刻な問題だろうか」と首をひねっていたのである。私も当初は、なぜこれほど激しい反応が出てきたのか理解できずにいた。

 その後に取材を続けてわかったのは、本当に問題とされたのは崔被告という人物のまとうイメージだったということだ。学もなく、公的役職に就いているわけでもない、ただの中年女性。しかも故人となっていた父親は、独裁者の娘だった若き日の朴氏に接近して権勢を振るっていたことで知られる新興宗教の教祖だ。儒教の影響が残り、知識人による支配を当然視する韓国社会では崔氏のあやしげなイメージは受け入れ難いものだったのだろう。私は当時から、日本人の専門家とは「崔被告がソウル大教授だったら、ここまでの問題にはならなかっただろうに」と話していた。

側近や家族の不正は「いつものこと」
 中央日報などによると、韓国の大学入試では1997年に「随試(スシ)」と呼ばれるAO入試が導入された。この年は入学定員の1%強が随試に割り当てられたが、この割合は年々拡大を続け、今では定員の7割以上が随試となっている。随試で合格を得られなかった受験生が、日本の大学入試センター試験に当たる筆記試験での選考に臨むのだという。随試で主流となっているのは、高校の成績を記した内申書と課外活動を含めた生活記録による合否判定だ。

 今年初めには、富裕層から超高額の指導料を取って受験生と二人三脚で“完璧な記録”を作り上げる「コーディ(コーディネーター)」を題材にしたドラマが大人気を博した。コーディを頼めるのは超富裕層に限られるが、普通の人たちも「記録」作りに血眼をあげる。大学ごとに制度が少しずつ違うこともあり、結果的に「父母の能力や人脈を活用できれば、法に触れるようなことをしなくても非常に有利になる。多くの若者は、そのことに相対的な剥奪感を覚えている」(韓国人大学教授)という困った状況が生まれた。

 そうした中で、これまで「公正」「公平性」「正義」を声高に説いてきたチョ氏が、娘の受験では公正とは言えない手を使っていた。チョ氏にはさらに金銭絡みのスキャンダルが噴出してくる可能性すらある。ただ、側近や家族がさまざまなスキャンダルに見舞われることは、これまでの政権でもずっと繰り返されてきた。残り任期が少なくなってくる文大統領のレイムダック化を早める可能性はあるだろうが、朴氏と同じような弾劾訴追というのはハードルが高い。

 それにチョ氏はソウル大教授である。チョ氏に向けられる韓国民の視線が崔被告に向けるそれと大きく違う背景には、その点も小さくないように思われる。

澤田克己 (毎日新聞記者、元ソウル支局長)